雨レインボー

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財務省職員の死。 拝金主義社会の末路

森友学園問題で、近畿財務局の男性職員が兵庫県内で死亡したらしい。ご冥福をお祈りいたします。

この件については文書捏造の自責の念による自殺だとか口封じによる他殺だとか色々言われているが真相は闇だ。もし他殺であれば大問題であるが。

 

森友問題とは結局は不適切に8億円もの値引きをしていたことが問題であるわけだが、誤解をおそれずに言えばたったの8億円である。たとえ8億円を騙したとしてもそれが仮に国益に大きく繋がるというのであればそんなに大した問題であるとは筆者には思えない(森友が国益に繋がるかどうかは知らないけど)。なぜならこれ以外にもたくさんの不正が世の中には存在しているからだ。その不正を全部かき集めたら8億円など微粒子レベルである。原子力発電や太陽光発電とかいちいち挙げたらキリがないけど全部合わせたら兆単位だろう。

 

ではなにが森友の一番問題かっていうと公文書を偽造したことではないかと筆者は思っている。なぜなら、もし政府が公文書を改竄できるということになれば極論を言うと、国はなんでもできることになってしまうかである。

今回は森友学園の土地を安く売るためにゴミがあったと嘘をついて値引きしたわけだけれども、嘘をついてでも安くしたのは籠池氏が安倍総理のお友達だったからである。

要は財務省安倍総理に気を利かせた結果、ゴミがあったという嘘をついてありえない額のスーパーセールをしたのが今回の件の発端である。つまりセールをしたのも、嘘をついたのもカネ、カネ、カネのためである。

 

今回の財務局職員の死だけでなく他にも過去に誰かお亡くなりになっているはずだが、当たり前だけど非常に残念なことである。これは安倍総理が悪いとか、佐川長官が悪いとか、記事を書いた朝日新聞が悪いとか少しくらいはそういう要素もあるかと思うが、本質はそういう問題ではないと筆者は思う。こういう事件こそが結局のところ、現代の拝金主義社会の末路なのであるということを考えてみたい。

 

筆者はこのブログにおいてさんざん現代の金融システムはおかしいと書いているが、カネ自体は悪いものでもなんでもない。ただの物々交換の手段として発生した道具である。しかし、社会全体がこのカネというものの扱い方を間違えてしまうと、誰もがカネを必要以上に崇めてしまいみんなそれを基準に動き奪い合うようになる。そうやってカネは暴力装置へと変化してしまうのである。

 

今回亡くなった財務局職員だっておそらく学歴や経歴だけで言えば優秀な人物だったろうし、もし自殺だったとすれば相当な正義感の持ち主であったと思われる。金銭的な収入だってそれなりにあっただろうし世間的に見ればそんな勝ち組と思われる部類の人間でさえもこのように追い詰められるのだ。たとえどんなポジションについたところでこの拝金主義社会においては勝ち組というものなど存在しないどう転んでも全員が疲弊する結果にしかならないのである。勉強さえすれば勝ちきれるとかそういう問題ではないのだ。

 

だから、カネというものを適切に扱うことのできる政治家つまり経済(軍事ビジネス含む)に詳しい政治家を選出しなければ、いつまでたっても同じことの繰り返しをし続ける日本であり、そうやってボーッとしている日本を諸外国は今この瞬間にも貪欲に狩りにきており、その事実に多くの日本人はまだ気づいていないのである。世界から容赦なくむしり取られて、日本はもう先進国ではなくなりつつあるのだ。対外黒字を失った日本に何が残るだろうか?

 

製品の安さでは中国製にはかなわないし、あらゆる文書のオンライン化も既得権益によって阻まれる。日本はいつまでもコスト削減だけに価値を見出して全員で疲弊しあうのではなく、もっと我々が何をしたいのか、何を楽しいと感じるのかを優先すべきである。

 

日本人全員が持つ意欲を既得権益が妨害しない日本になれば、まだ日本に生き残りの道はあるのではないかと思う。逆に、それができなければ崩壊するだけである。